胡粉「ごふん」は5分で溶けない

〜胡粉の溶き方〜

日本画の絵の具で「胡粉(ごふん)」というものがあります。
白い色なのですがただ白いだけでなく、独特の柔らかい美しさを発する絵の具です。

胡粉の製法

胡粉はイタボ牡蛎という牡蛎の貝殻から製造されます。
工場ではまず貝殻を10年以上野ざらしにして風化させ、細かく砕いたのち石臼で挽きます。
挽いたものを水に溶き、沈殿する速度の違い、すなわち粒子の細かさの違いで分類し、
乾燥させて粉末状の製品になります。
粒子の細かさの違いは白さの違いとなり、より微粒子のものは美しい白色を呈するので日本画用、
粗い粒子のものは日本人形の顔を塗るためなど工業用として使われます。
日本画用として選別されたものも、その中でさらに粒子ごとにいくつか等級があり、
粗めのものは盛り上げ用として、また微粒子になるほど白さが際立つため上等の胡粉として販売されています。

いたぼ牡蛎
原料となるイタボ牡蛎

胡粉を溶く

私たちは市販の胡粉を買ってくると、伝統的な方法でそれを絵の具として使えるようにします。
「胡粉を溶く」と呼びますが、まず最初にすべきことは、
理科の実験で使うような乳鉢と乳棒を使って胡粉を空ずり(からずり)することです。
空ずりをすることでより美しい白さが発揮できるので欠かせない作業であり、できるだけ細かい粉末になるよう
力を込めながら、胡粉がパウダー状になるほどしっかり磨ります。

胡粉を溶く_1
からずり

空ずりを終えたら膠を少しずつ加えながら乳棒でこね、
しっとりとした耳たぶほどの硬さの団子になるようまとめあげます。
膠を入れすぎると団子状にまとまらずどろどろになってしまいますし、
私の師匠はほんの一滴ずつ膠を加えるのが肝要だと教えてくださいました。

胡粉を溶く_2
膠を加える
胡粉を溶く_3
乳棒でこねる

団子ができたらそれを手のひらで練ってヒモ状に伸ばしたりまた丸めたりと、
胡粉と膠をよくなじませます。うどんより細く、切れずに長く伸びるしなやかな状態であれば
美しい発色の胡粉ができます。
これは空ずりの出来と膠の状態、それに気候が影響するようです。

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団子状にまとめる
胡粉を溶く_5
丸めたり伸ばしたり

次いで、胡粉のかたまりをもういちど団子状に丸めて乳鉢に叩きつけます。
百叩きをするわけですが、回数は百回でないとしても、数十回はおこないます。

胡粉を溶く_6
百叩き

百叩きをして表面がひび割れてきた胡粉に熱湯を加えて2〜3分アク出しをし、
その湯を熱いうちに捨て、乳棒ですりおろします。

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湯を加えてアク出し
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すりおろす

ここでダマにならないようていねいにすりつぶし、徐々に水を加えながらどろどろの状態まですりおろせばできあがり。
ヨーグルトをかきまぜたよりも少しゆるい程度に作っておき、
使う際に絵皿にとりわけて表現に応じて水で薄めて使うのです。
胡粉の表面が乾いてくるとせっかく微粒子にでき上がったものに屑が混じってしまいますので
絶対に乾燥させないようにラップをかけておくのがよいでしょう。
胡粉も膠が入っていますので腐敗しますから使わないときは必ず冷蔵庫に入れておき、早めに使うようにします。

胡粉を溶く_9
できあがり

胡粉の保存方法には裏技があり、溶き下ろす前の団子の状態であれば
通常よりも腐敗を遅らせることができます。
その方法についてはこちらの記事をご参照ください。

このように胡粉を作る作業、あるいは全般に日本画の画材の準備は手がかかるので面倒と感じるかもしれませんが、
こういった作業をする際には次にどの絵の具を塗ろうか、
あるいは絵にどのように手を入れようかと、先々の手順を考えながらおこなうので
慣れればさほど苦にならないものです。

皆さんが日本画を鑑賞するときに白くて美しい花びらを目にしたら、
作家のこのような手間が背景にあることを思い出していただければと思います。

胡粉や岩絵の具の製造メーカーを訪ねた別サイトの記事をご紹介します。
「さんち〜工芸と探訪〜」という、全国の工芸や製造所を紹介しているサイトで、

以下のリンクからご覧いただけます。
「日本画を彩る胡粉と岩絵具。伝統画材の製造現場を訪れる」