日本画の作品を鑑賞していて、バックなどの美しいぼかしに感心したことがあるかと思います。
デザイン画やイラストならここはエアブラシというスプレーのような道具を使って吹きかけるところですが、
日本画の岩絵の具はその性質からエアブラシは適しませんし、近代までそんな道具はありませんでした。
エアブラシによる均一な塗りよりも、ハンドメイドな塗りの微妙なゆらぎが絵の味わいにつながってくれることもあり、
ぼかす場合は「唐刷毛(からばけ)」という道具を使います。
ぼかし方の実際
例として使い方を挙げてみます。
まず、ぼかしたい色の範囲よりもずっと広く、場合によっては画面全体に水を引きます。
次いで絵の具を画面に〝置き〟上から唐刷毛をかけます。
絵の具がうまく散ってぼかしが入りますね。
(以下の画像)
あるいは画面の一部だけでなく、例えば下半分にぼかしを入れたいならば、
先に絵の具を下の方から塗っておき、すかさず逆方向、つまり画面の上の方から水刷毛で境目を滲ませてから
グラデーションのトーンが整うように唐刷毛をかける方法など、
おこないたい表現や画面の状態に合わせて使います。
使いこなしが難しい
唐刷毛は慣れないと使いこなすことが難しいようで、
美しいぼかしを作るはずが逆に汚れたようになってしまう失敗を見かけます。
ポイントは、唐刷毛の毛の先端だけをうまく使い軽く掃くこと。
私が実演してみせると、まるで画面に刷毛を触れさせずに空気で掃いているようだ!
と言われることがあります。決して唐刷毛をぐいぐいこすりつけてはいけません。
そして、 画面が乾き始めないうちに手早くおこなうこと、
また、うまくゆかないからといってしつこく刷毛をかけないことです。
画面の状態に神経を配って、止め時を見極めるのですね。
注意しないといけないのは、唐刷毛は必ず毛が乾燥している状態で使うことです。
1度使ったらよく洗って吊るしておき、次に使うまで干しておきます。
ですから連続して作業をおこなうためには、唐刷毛が複数本必要なことがおわかりだと思います。
唐刷毛の原料
唐刷毛は毛質に腰があって乾きの良いことが求められるため、
それに適した「山馬(さんば)」と呼ばれる大型の鹿の背中の毛から作られます。
本来の唐刷毛は黒山馬と呼ばれる黒い毛を使用していたのですが、
次第にその原料が手に入りにくくなって赤山馬の毛が使われるようになり、
現在では赤山馬さえも入手困難になっているようです。
以前、京都のある老舗画材店で唐刷毛を求めようとしたところ、
黒山馬の1本10万円を超えるものを出されました。
もっと安いものはないかと尋ねたのですが、
唐刷毛というものはこういうものだ の一点張りでした。
道具は本来画家のためにあるはずですね。
これでは道具のために画家が存在する話になってしまっています。
関東の画材店では、豚の毛を混ぜた唐刷毛の試作もおこなっているところもあります。
時代に合わせて前を向いてゆくお店に期待しています。