ヒマラヤで見た花

学生の頃どうしてもヒマラヤを描きたくて、それを実現させたことがありました。
友人と2人でヒマラヤ山中をトレッキングし、エベレストを望む標高5,545mの
「カラ・パタール」と呼ばれる丘を目指したのです。

なぜヒマラヤを描きたくなったか、その動機は当サイトのコラム「初入選その1」で触れましたので
そちらをお読みいただければと思います。

トレッキングのコースとして選んだのはエベレスト街道と呼ばれる、
ネパール側からエベレストの南壁を見に行く代表的なルートでした。
カトマンドゥからプロペラ機でルクラへ飛び、現地ガイドにキャラバン隊を組んでもらいました。
自分は身の回りの荷物を背負うだけです。
ガイド、コック、ポーターの少年3人、ヤク使い、ヤク3頭、と
大名行列さながらのキャラバン隊は常に先回りをして私たちのためにテントを張り食事を用意してくれるので、
始めはのんびりと写生をしながら冗談も飛び交うような散歩気分でした。
それが、標高が高くなるにつれ空気が薄くなって呼吸が苦しく、気温も低くなり、
周囲は岩と砂と氷ばかりの荒涼とした風景に移り変わってゆきます。
マイナス15度まで下がった気温によって、結露した水蒸気が霜となってテントの中に雪のように降ったものでした。
私は風邪を引き、友人は高度障害に見舞われ、最後はのろのろと1歩ずつ足を進めていました。
それでも、夢が現実になったという感激と、
こんな過酷な環境でも生活している現地の人々の暮らしぶりに感銘を受けたものです。

クーンブ氷河
最終行程のクーンブ氷河

目的を遂げた復路、岩と氷の山中から降りてくると、春を迎えたふもとの村々を通り過ぎるときに
まだ何も植えられていない畑の隅っこで、名もない花が咲いていたのを目にしたのです。
それまで目にしていた「死の世界」とでもいった景色に対して、
いのちの営みを実感させられるその花のいとおしさといったらありません。
フィルムに収めずにはおられずシャッターを切りました。

以前から草花を育てたりすることは好きでしたが、
この体験はその後の自分の生き方や、制作の根源に少なからず影響を及ぼしているのだと思います。

ヒマラヤで見た花
ふもとの村で目にした花