絵の値段って難しいですね。なんでこんなに価格に差があるのか、誰がそれを決めているのか。
絵に値札がついて売られているのを見かける場所は、画廊や百貨店が多いと思います。
最近ではネットで販売されているのを目にすることもあるでしょう。
そういったところで表示されている価格は、平均的な所得では購入をためらうような金額が書かれていますね。
ポスターや版画(リトグラフなど)ならともかく、直筆の絵は数十万円以上することもざらではありません。
工業製品ならば、生産原価に各種コストや利益などを加算し、
その総額を製造数で割って価格が決まるのだと思います。(非常におおまかに言えばですが)
印刷物でなく世界中で1点しかない絵画は工業製品と違って希少価値も加わるかもしれませんが、
需要と供給の市場原理で値段が決まってくる側面もあります。
あこがれる人が多いことからブランドイメージとして強気の価格が設定される高級外車などと似ているでしょうか。
市場原理により人気作家の作品が高くなってゆくことはよくあることですが、
逆に画家の収入や画商の利益(こちらの理由のほうが大きい)を維持し、
価格を下げないために「買い支え」がおこなわれることもあります。
さて、画家が直接お客さんに販売するならば、
そんなに高いお金を頂かずとも、生活ができるくらいの収入になれば良いのです。
でも画家は日本全国のお客さんに売り歩くことはできませんし、販路も限界がありますから
多くのお客さんにアピールできる業者、つまり画商に販売を頼るわけですね。
絵画販売のしくみ
私が作品を画商Aに渡したとします。
画商Aがお客さんに直接買っていただければそれまた結構なことですが、なかなかそうはゆきません。
現在では百貨店が販路の多くを持っているので、
画商Aは例えば百貨店Xの美術画廊や催事を利用して販売したいと思ったとします。
仕入れ業者として百貨店と直接取り引きができる画商は限られており、
百貨店Xは画商Bとしか取り引きしないのであれば、
私とお客様の間には、百貨店に加え、AとBの2つの画商が介在してそれぞれマージンをとることになりますね。
さらに額縁を付けるコスト、運送や広告宣伝費のコスト、在庫コストなどが加算されて
末端価格は相応の金額になってしまうのです。
ですから逆に、画家がいただける金額は、販売価格に比べたら「えっ!?」というほど低いものなのですよ。
日本画家の小林古径は自分の絵が売られている値段をずっと知らず、それを見たときに相当驚いたそうです。
1枚にかける労力
ところで、画家は普通に想像する以上に、1枚の絵を描くために多大な労力を費やしています。
1枚完成させるまでに幾多の写生をし、エスキースや下図を描き、ようやく本制作にとりかかっても、
無駄にしたり破棄した作業がたくさんあるのです。
画家自身はそれが嫌だとか大変だとは思っておらず、自分の思いを表現するために必要な労力なのではありますが、
「1枚描くのにどのくらい時間がかかるのですか?」という質問は愚問に等しいでしょう。
ピカソの逸話として聞いたことがあるのですが、
道で見知らぬ女性から絵を描いてくれと請われ、30秒ほどで描いたピカソが
「この絵の価格は100万ドルです」と言いながら渡したそうです。
「たった30秒で100万ドルですか!」と女性が驚くとピカソは
「30年と30秒ですよ」と答えたとか。
そもそもモノの値段というのは、万人に共通のものさしにはなり得ないと思っています。
某鑑定番組では出場者の大切にしているお宝に平気で金額を設定しますが、
ある品はそのご家族にとってかけがえのない価値を持つものかもしれませんし、
逆にみんなが欲しいと思う品でも自分にとっては必要ないものかもしれません。
幸せをお金に換算できないことは全ての人が当たり前のように承知しているのでしょうけれど、
気に入った絵や美術品を鑑賞したり所有したときの喜びを金額で表せと言われたらどう答えますか?
そういった喜びを無理やり金額に換算してなんでもかんでも「お宝!」「これは○○円の価値!」
と決めつけて煽り立てることは、美術の発展にとっては罪悪でしょう。
自分で美術品の善し悪し、あるいは気に入っているといった価値判断ができず、
他人に委ねている風潮の表れですね。
「ハーブ&ドロシー」という2013年制作の映画があります。
ニューヨークのアパートに住む老夫婦が自分たちの好みと見識で収集した美術作品が、
とてつもない価値になったというドキュメンタリー映画です。
作品の価値が上がったという点がすごいのではなく、自分たちの買える金額の範囲で、
おのれの目を信じて美術品を愛してきた生き様の素晴らしさを描いています。
画家自身の思い
画家はその作品に夢を込めるものです。
自分自身の夢でもありますし、作品を観たり買ったりしてくださる方に夢を見ていただければ嬉しいのです。
それは、その絵を観たときに想像力が膨らむことに加え、
身銭を切って絵を買ったというお客様の満足感も夢かもしれません。
たかだか薄っぺらな紙1枚のものがどれだけ価値を持つのか・・・
タダ同然でも良いのかもしれませんが、タダであげたものはおそらく大切にしてもらえないでしょう。
かつて先輩画家から言われたことがありました。
絵を観に来てくださる方の財布の口は堅く締められている。
それを思わず開きたくなるほどの魅力を、作品に持たせなさい。と。