「落款のコラム」で、署名と共に捺す印のことに触れました。
現代の日本画作品に捺す印は厳密な形式が決められているわけではありませんし、
印材(印を彫る素材)の種類も天然石、竹、動物の角や骨など多様です。
今回のコラムでは、落款用としてよく使われている、天然石に印を彫る方法をご紹介します。
印を彫るための「印材」
印材用の石は日本画画材専門店でも多少取り扱っていますが、豊富な品揃えから選ぶなら
書道専門店へ足を運ぶことをお勧めします。
石の種類は 青田石、寿山石、巴林石などがあり、どれを使ったら良いか迷ってしまいます。
わからない場合はお店の方に相談しながら選ぶとよいでしょう。
印材の大きさや形もさまざまですが、日本画の作品に捺すのでしたら、
4〜10号くらいの作品に対しては5分角(1,5cm角)ほどの大きさでしたら間違いないでしょう。
まずは真四角のものを彫ってみて、その後長方形や楕円形なども試してみたらいかがでしょうか。
篆刻の実際
まず印のデザインを考えます。実際に手を動かしていくつも下絵を描いてみて推敲するのが良いでしょう。
画家の印は名の1字をとっているものが多いですが、
名前と関係のない文字や、作例にもあるように何かの絵を彫って画面に捺しても構いません。
当然のことですが、彫ろうと思っている印材の大きさに合わせて絵柄を決定しましょう。
朱文と白文
捺したときに、仮にそれが文字ならば文字の色が赤く捺されるものを朱文、文字が白く浮き出るものを白文と呼びます。
前者は彫るときに文字部分を残してそれ以外の箇所を彫るため、あまり細かい文字や絵柄だと難易度が高くなります。
後者は逆に文字や絵柄の通りになぞって彫れば良いので、ごく簡単に出来上がります。
ここでは朱文を例に進めてみます。
彫る前に
印材はたいがいワックスが塗られているので、印面はもちろんのこと全面をペーパーがけします。
800番から1,000番くらいの目が細かいサンドペーパーを軽くかけるのです。
できれば、水で濡らして使う耐水ペーパーを使ったほうがなめらかに仕上がるでしょう。
印面を処理するときには平滑な台の上にペーパーを置き、直角を保ちながらゆっくりかけないと
印面が丸みを帯びてしまい、印をきれいに捺すことが難しくなってしまいますからご注意。
次いで印面に朱墨を塗っておくと、彫り進めるときにどこを彫ったかがわかりやすいです。
印のデザインを印面に転写する方法はいろいろありますが、簡単なのは油性マジックインキ転写法です。
デザインを濃いめの設定でコピー機にかけ、そのコピーを印面に伏せて載せ、
動かないように周囲をセロテープで留めておきます。
裏返しのコピーの上から黄色い油性マジックインキを2〜3回塗り、乾かないうちに硬いものでこすると
あら不思議、コピーの絵柄が印面に転写されています。
これならばあらかじめ下絵を裏返しに描いておく必要もなく、
印面にはちゃんと反転した絵柄が転写されるので失敗もありません。
転写されたままですと黒色が薄いことがありますし、消えないためにも墨で清書しておくとよいでしょう。
印材を「印床」に固定して「印刀」で彫る
彫るときには印材を「印床」と呼ばれる固定用具に留めると彫りやすいです。
彫刻刀で彫るのも結構ですが、印材を彫るための「印刀」は彫刻刀よりもずっと彫りやすくできています。
彫る際にはいきなり絵柄の際を彫らず、無難な部分から少しずつ迫ってゆくのが安全ですね。
絵柄に沿った方向で印刀を動かしてゆきますが、下の説明図に示すように
形の際の部分は角度を大きくして、断面が台形になるように彫ります。
角が欠けにくいようにするわけです。
さて、だいたい彫れたと思ったら石粉を払い、試し捺しをしてみます。
そのときは大切な印泥に石粉が混入しないよう、100円ショップなどで安い朱肉を求めて試し用にしたほうが良いですよ。
なお、印面の周囲の辺部分は印刀の頭などでカンカン叩き、少し荒らしておくものだそうです。
買ってきたままの印面は辺が真っ直ぐすぎて硬いので、古色をつけて柔らかくするわけです。
彫る際に多少ミスしたくらいならば、印面を荒めのサンドペーパーにこすりつけて少し削りもどすと
案外フォローできるものです。そのあと修正を加えながら彫り直せば大丈夫。
「印泥」で捺す
ばっちり彫れて完成したら、きちんと印泥を使って捺してみたいですね。
印泥は使う前にヘラなどでよく混ぜて盛り上げておきます。
そこへ印を何度も叩きつけ、印面にしっかり印泥をくっつけてから捺してください。
自分で彫った印は格別で、いくつも彫りたくなってしまいます。
大きい印材を手に入れたら住所印など作るのも楽しいですよ。