写生は楽し

幸せな時間

うららかな日差しを浴びながら、適度なざらつきのある厚い用紙に心地よく鉛筆を走らせるひととき。
目の前の美しい草花が次第に白い画面に浮かび上がってくる過程を楽しめる、
この時間がいつまでも続くとよいなと思うものです。

ところが現実はうららかな日ばかりではなく、じりじりと太陽に焼かれることもあれば
寒さで指がかじかんで思うように描けないこともあります。
いつまでも描いていたいと思っても、何時間も同じ姿勢で描いていれば疲れてもくるし
おなかも空いてきますよね。

それでも写生は楽しいものです。
描けば描くほど仕事が進んでゆき、手元には1枚、2枚と成果が溜まってゆく充実感があります。
本制作(日本画や油絵の実制作)はそうはゆきません。
行き詰まったりやり直したり、どこが終わりなのか見えないので
楽しいばかりではないこともあるからです。

写生をできるだけ楽しく描くように工夫することは、結果として良い写生ができあがることに結びつきます。
私たちは専門家ですからさまざまな厳しい条件の中で写生しなければならないこともありますが、
それでもできるだけ楽なようにイスを工夫したり、パラソルを立てたり、好みのコーヒーを用意したりします。
場合によっては蚊が寄らないように蚊取り線香を2つも3つも焚くことだってあるのです。
苦行をおこなうのが写生ではないですから、できるだけその場に滞在しやすくするとよいですね。

また、時間をかけてていねいに観察しながら描くことも大切ですが、
時間がないからといって描くのをあきらめることもありません。
5分しかないならば、その時間の範囲内で描けばよいでしょうし、
電車に乗っていて車窓から見えた景色を瞬間的にとらえてもよいでしょう。
私の師匠は「時間がなければ線1本でも引けばよい」とおっしゃっておられました。
わずかな時間しかなく必死に描いたとき、思った以上の集中力を発揮して対象をしっかり捉えることができたり
案外良い線が引けていたりするものです。

余談ではありますが、
私が中学のときにお世話になった美術の先生は、ずっと長いこと写生を続けてこられました。それも毎日欠かさずです。
毎日描くことが習慣になってしまったため、描かないと気持ちが悪いのだそうです。
とても素早い筆致で、私が1枚描くうちに2枚も3枚も描いてしまうのですが、
観察する眼力が発達しているのでしょうね。簡単な線でも対象を的確にとらえた素晴らしい写生ができあがっています。
有名になろうとか、人に自慢してやろうという邪念からでなく、
描くことを純粋に楽しんでいらっしゃる、尊い行為だと思います。

恩師の写生
恩師の写生