日本画用の紙はどのように作られるのか

以前のコラムでも書きましたが、日本で和紙に絵を描くようになったのはそれほど古い時代からではありません。
江戸時代、紙に水墨画が描かれていたことはありましたが、
紙は製法が困難である上、当時は絵絹の方が品質が良かったため、絹に描くことを好んだ画家が多かったようです。
上質な和紙が漉かれるようになり、本格的な日本画用紙として多用されるようになったのは明治時代以降のことでした。

最も需要が多い雲肌麻紙

現代では強靭な分厚い麻紙や、表面が滑らかな鳥の子紙など、
画家の幅広い表現に応じられるさまざまな日本画用紙がつくられています。
紙の種類によって原料や製法は微妙に異なりますが、
近年、最も多く使われている日本画用紙である「雲肌麻紙」を例に、その製法をご紹介いたします。
ちなみに雲肌麻紙の名称は、透かしてみたときに雲のようなふわふわとした繊維ムラが見えることから名付けられました。

和紙は植物の皮(靭皮部分)を原料として作られますが、雲肌麻紙は麻に楮(こうぞ)と雁皮(がんぴ)を加えたものを用います。
植物の靭皮は繊維が長く強靭である代わりに、その利点を生かそうとすると処理に手間がかかります。
まず原料の靭皮から余分な部分を削ぎ取り、川で晒したあと大釜で煮て柔らかくします。
その後水洗いと塵取りを経たのち、繊維を叩きつぶしてほぐします。
化学薬品を使わずに手間をかけて原料を用意することにより、用紙のpH値が中性を保ち、加えて繊維の強靭さを損なわないのです。

冷たい水の中で忍耐力を必要とされる「塵取り」の作業

トロロアオイの効果

ここからがいよいよ多くの方が知るところの「紙漉き」の行程になります。
原料を水に放った「漉き舟」の中には、トロロアオイを潰して取り出したどろどろの「ネリ」も加えられます。
このネリの接着力によって紙が形を成していると誤解を受けることがあるようですが、
実際は粘り気のある水中で紙漉きをおこなうことで紙の繊維が沈殿しにくく水の中で分散し、
繊維同士を充分に絡み合わせることができるのがネリの働きです。
漉いた紙が1枚ずつ板に広げられ天日で干されると、
不思議なことに紙にはネリの痕跡が全く残らず、純粋に繊維の絡み合いだけで紙の強靭さが保たれるようになります。

大きなサイズも作ることができる

日本画用紙は小さなサイズものから、大きなものは7尺×9尺(212×273cm)まで販売されています。
かつて、継がれずに1枚ものとして漉かれた最も大きな紙は、5.4m四方というものがありました。
これは横山大観と下村観山が共同で描き、早稲田大学に寄贈されることとなった巨大な作品「明暗」のために、
わざわざ漉き場の建物を建設して8人がかりで漉いたものだそうです。
それほどまでに隆盛を誇った日本画用和紙ですが、近年では和紙作りに欠かせないトロロアオイの生産が減少し、
「漉き簀(すきす)」を編むことのできる職人もわずかになってしまいました。