この後編では制作にあたっての留意点を記します。
応募規約などについて述べた前編はこちらです。
なお、院展についてまず知りたい方は以前のコラム
院展とは(前編)〜院展のしくみ〜
および
院展とは(後編)〜日本美術院の歴史〜
をご覧ください。
入選を目指すために
まず述べておきたいことは、院展に入選することを目的として絵を描くことはナンセンスです。
目的でなく目標とするならば励みにもなるでしょう。その両者の違いは大きいかと思います。
何のために絵を描くか・・・それは絵を描く者にとって最も根本的なアイデンティティですので、
志を高く持つかどうかは先々に大きく影響します。
それを踏まえた上で入選するコツを記しておくならば、私は以下のように考えます。
審査員は画家
院展に応募するための作品を描くことは、
日本画を描く技法に心得があったとしてもかなり難易度が高いものです。
自分の体よりも大きな画面に向かい、人が心を動かすような絵を描かなければなりません。
しかし審査をする美術院の同人は一流の画家です。
絵の善し悪しを技法の上手い下手で判断するだけでなく、その内容を第一に見ているはずです。
私はコラムで再三、絵にとって何が大切なのかを記してきましたが、
おそらく院展の出品作もその延長上にあることは確かでしょう。
技巧はもちろん必要です。が、技巧に走って絵の内容がおろそかになれば院展入選どころではないでしょう。
絵とは何か、自分はどのような絵を描いてゆきたいのか、大きな夢を持って進むことがまずは大切です。
仲間や師と出会う
院展は誰でも応募できると書きました。しかし1人で研鑽を積んでいてもなかなか向上は望めません。
同じような志を持つ仲間や師に出会えることが、自分を高めることに繋がるはずです。
自分が絵に対して考えていることよりもずっと深く掘り下げている人に接したり、
絵に対する理想が高い人の言動に接したりすれば、思いもかけない刺激を得ることができるでしょう。
絵について仲間とディスカッションする中で自分も成長してゆくこともあります。
ですので年齢の若い方ならば、好環境を求めるために美術大学を目指すことも良い方法ですね。
院展の審査をする同人は東京藝術大学や地方の美術大学で指導もしているので、
そういった学校に入学できればより多くの学びを得ることができます。
でも美術大学に入学することも困難だったり、年齢や仕事の事情でそうもゆかないことが多いでしょう。
私の知っている画家には、会社に勤めながら絵を描き、同人にまでなった方もいます。
家庭の主婦でありながら環境を整えて出品を続けている方もいます。
いずれにしろ何らかの形で優れた師、できれば院展の同人の方と繋がりを持ち、
指導を受けたり、そうでなくとも画家の生きざまを知ることができれば、それはかけがえのない財産となるでしょう。
院展を審査している同人の方に薫陶を受けるのは、なにも審査のときに優遇してもらえるからではありません。
前回のコラムにも書いたように、審査のときにはいくら自分の子飼いの弟子が可愛くとも、
それを無理やり入選させる余地はありません。
そんなことよりも、審査の場に身を置く同人の的確な指導や言葉をいただくことがとても大きなヒントになります。
同人は入選している作品と、そうでない作品の差異を常に見つめ続けているからです。
自分があこがれている同人がいるのであれば院展の会場で声をかけて、
絵を描いていること、院展に応募したいことを伝えてみてはいかがでしょうか。
忙しそうなときに声をかけても迷惑がられるかもしれませんし、あまりしつこくてもいけないでしょうが、
意欲を持って絵を描こうとする人に対しては、画家はその気持ちをくみ取ろうとする気持ちがあるものです。
熱意があれば伝わるはずです。
テーマ選びや制作にかける情熱が最も大切
そして、何を描こうかと常に考えること。
さまざまな体験や旅行のときに、ただ楽しむだけでなく目の前の光景が絵になるかどうか感覚的にとらえるのです。
ぜひ描きたい!と、情熱を持って取り組めるテーマであることも重要です。
描きたい気持ちが強ければこそ、とことんまで描き切るねばりを発揮できます。
描きやすいとか、簡単とか難しいとかでテーマを選ぶのではなく、
まずは自分が一番大好きなものを描いてみることが良いきっかけになるかもしれません。
自分の経験ですが、本当に気持ちがこもって制作したときは、2〜3時間ずつしか寝ていないのに
数日間高揚し続けて描き切ったことがあります。
そのときの作品は初めて賞の候補になりました。
で、時間をつくって写生を繰り返し、対象を掴む目と手を養うこと。対象を理解すること。
そしてその収穫をエスキースや小下図に表し、構図や色彩を充分検討しましょう。
院展の出品画はサイズが大きいので、制作前に明確な完成予想図が決まっていないと右往左往してしまいます。
小さめの下図で画面全体を大局的に判断しましょう。
それらの基礎的な努力(根っこ)を養わなければ、優れた制作や入選(開花)は望めません。
当たり前のことですが、入選を目指すならば努力を惜しまないようにしましょう。
テーマは具象表現であれば何を描いても自由ですが、ほかの人と同じような作品を描いていては不利です。
他人と違う目の付け所、あるいは他人のやらないような魅力的な表現を見つけるようにしましょう。
絵は上手・下手ではないはずですが、近年の出品者は皆技巧が向上しており、
初入選とは思えないほど巧みな作品も多くなっています。
上手さで勝負しようとすれば敵いませんが、
目の付け所の良さ、感覚的な作品ならばそれらを凌いで好感を持って受け止められることでしょう。
大きな作品を描くコツ
秋の院展はおろか、春の院展の作品でさえかなり大きなサイズです。
大作を描く経験の少ない方は、ときどき離れてみたり絵を逆さまにして
客観的に判断しましょう。
思い入れで主観的にのめりこむことと、逆に冷めた目で客観的に自分の作品を判断する。
その両方が必要です。
また慣れないと、自分は一生懸命塗り込んでいるつもりなのに
画面が「もたない」、つまり深みや重みがなく間延びしてしまっていることもあります。
院展の作品以外にもさまざまな大作を観る機会を増やし、
ただ平塗りするだけでなく、そこに迫力を持たせる何らかのテクスチャーやマチエールを仕込むことを考えましょう。
経験を積んでくれば「描きすぎ」が良くないことも、その押し引きやメリハリの付け方もわかってくるのですが、
最初はやりすぎなほど描き込んで描き切るくらいのほうが良いかもしれません。
経験を積むと、あるとき自分の作品を見て「ぐっ!」と来るものを感じることがあります。
言葉では表現しにくいですが、そのような力を画面から感じ取れたならば、
その作品はうまくいっているのかもしれません。
いきなり秋の院展に挑戦するのも素晴らしいですが、
まずはサイズが小さい春の院展への出品を目指してみてはいかがでしょうか。
栄えある初入選に向けて頑張ってください!
※ このコラムで書かれている情報は2021年現在のものです。
院展の規約などは随時改正されることがあるのでご了承ください。