〜さまざまな膠〜
日本画にとって重要な膠ですが、さまざまな種類があり
その特徴によって使い分けることがあります。
膠は動物の皮などを煮て取り出した、コラーゲンを含むゼラチン質に、
製品によっては添加物を加えたあと乾燥させて作ります。
販売時には固形なので、使うときに溶いて液状にしなければなりません。
使いやすいように始めから液状になっているものもあり、
それらは防腐剤を加えてあります。
ちなみに「膠」という名称はその製法から「煮皮」が語源だという説があります。
膠の種類 〜三千本膠(さんぜんぼんにかわ)〜
何とも不思議な名前の膠ですが、日本画の技法書によると
1貫目の原料から膠が3千本製造できるためそう呼ばれるとあります。
1貫目は3.75kgですのでそうなると膠1本が1g程度になってしまいます。
実際は膠1本10g余りですので、この説は間違っているということになりましょうか。
耳にした別の説は、俵1俵から3千本・・・というもので、
米俵ですと1俵60kgにもなってしまいますが、俵は中に詰める原料によって重量が違うので、
もしかするとこの説のほうが近いかもしれません。
三千本膠は日本画で最も一般的に使われる需要の高い膠であり、
ある時期、製造元の後継者不足から存続の危機に立たされ大騒ぎになりましたが、
大手画材メーカーがそれを引き継いで作り続けることとなりました。
膠の種類 〜鹿膠(しかにかわ)〜
これまた不思議な名前の膠ですね。以前は鹿の皮から製造されていたのでそう呼ばれるそうです。
現在は工業用の膠にホルマリンなどの添加物を加えてあるので、
腐敗を遅らせるために他の膠と混ぜて使ったり、
2種類の、乾燥度の違う鹿膠を季節によって使い分けることで
膠の定着の具合をコントロールすることもできます。
ホルマリンには膠を固着させる働きがあり、絵の具の定着を助ける目的でも鹿膠を使うことがあります。
単独で鹿膠を使うと腐りにくい上に絵の具の定着もよいのですが、
鹿膠自体の価格が安くないのでコストパフォーマンスは悪くなります。
なお余談ですが、昔ある画家が防腐と定着促進のためにホルマリンを使用していたところ、
その副作用で失明の危うきに至ったことがあったそうです。
ホルマリン自体は劇物ですので使用には注意が必要です。
膠の種類 〜軟靭膠素(なんじんこうそ)〜
これは主に文化財の修復などを目的として作られた膠で、
その名の通り柔軟性の高いものです。店頭で棒状のゼリーのような形で販売されています。
膠というものは濃度に注意を払わないと効き過ぎて絵の具が割れたりすることがありますが、
軟靭膠素は湿度を含んで柔軟性を保つ効果があるため
修復用のみならず、冬などの乾燥がきつい季節に他の膠に混ぜて使うと
トラブルを予防することができます。
ただし価格は高いです。
膠の種類 〜その他〜
ほかにも板膠(いたにかわ)や、粒膠(つぶにかわ)、兎膠(うさぎにかわ)など
さまざまな膠が画用として使われます。
それぞれに定着力や粘りなど微妙な違いがあるので、表現の目的や好みによって
こうしたものを使う画家もいます。
膠の溶かし方
膠は特別なもの以外は保存に適した固形で販売されているため、
自分で液状に溶かなければなりません。
膠の種類によって溶かす濃度は違いますし、
制作方法や季節、画面の状態によっても濃さを変える必要があるので一概には言えませんが、
おおまかに言ってコップ1杯の水(180〜200cc)に対して
固形の膠が 10〜40gといったところが目安でしょうか。
膠は分量の水にひと晩浸してふやかし、70度以下の湯煎で溶かします。
高温で煮てしまうとゼラチン質が固まりにくい状態に変質してしまい
制作に影響するので注意します。
膠は買ってきたときの固形のままなら複数年は保存できるのですが、いちど溶かしたものは腐敗が始まるため
使わないときには冷蔵で保管し、一定の日数が過ぎたら余っていても捨ててあらためて作り直します。
もったいないようですが、万が一腐敗が始まった膠を使うと
接着力が落ちているためにせっかく塗った絵の具が画面から剥落してしまう結果となってしまうからです。
膠以外の接着剤
そんな面倒な膠を使わなくてもいいように、もっと便利な接着剤はないのか と思われるでしょう。
確かに膠を使わなくても、化学的に作られた接着剤はいろいろあります。
油彩の画用油で岩絵の具を溶いたり、アクリル絵の具のメディウムを使ったり、
極端に言えば木工用ボンドで溶いても描くことはできます。
でもそれらは接着力のコントロールが難しかったり、塗り味が馴染まなかったり、一長一短がある上、
一番問題になる点は、描いたあと残った絵の具から膠抜きができないために、
貴重な岩絵の具を捨てなければならなくなってしまうことです。
私はかつて自分が表現したい技法を求めて、メーカーにも相談しながら
アクリル絵の具のメディウムと膠を併用する試作をしましたが
思ったような効果を得られませんでした。
しかし道具や技術というものは表現のために存在するわけですから、
制約を打ち破ったり、表現のために新たな画材を試みることは大切だと思います。
旧来の「膠」の制約にとらわれなくなる日がいつか来るでしょう。