信じられないほど薄い金属
日本画では岩絵具などの絵の具以外に金属から作られた画材も使います。
その代表が金を薄く加工した金箔ですね。金のほかにも銀やプラチナ、アルミや真鍮といったものまで箔や泥(でい)に加工されて店頭に並んでいます。
そういった金属類までも画面に貼り付けてしまうほどの技法が発達したのは、描き手が接着剤(この場合は膠)を絵の具(岩絵具)に自ら混ぜ合わせなければならない日本画だからこそ、多くの人々によって技術の研究と研鑽が積み重ねられてきたからだと思います。
日本で製造された金箔は諸外国のものに比べて高品質であり、1万分の1ミリという、まさに吹けば飛ぶほどの薄さまで伸ばされています。米粒大の金が、なんと畳1畳までになるそうです。その1枚を持ち上げると鳥の羽のようにふわふわと漂い、素手でさわればたちまち手にくっついてしまいます。私たちがそれを扱うときには竹でできたトングのような道具を用い、わずかな風さえ厳禁なので窓を閉め、暑い夏でもクーラーを止めなければならないほどです。
金箔の製造
そんな信じられないほど薄い金箔を製造するための原料は、もちろん本物の金の地金です。江戸時代は小判も原料に使ったそうですが、絵画に使用する金箔は純度の高い金をそのまま加工するのではなく、るつぼで溶かして微量の銀と銅を加えた純度94.43%の合金にします。(金箔四号色の場合)
なぜ純金を使わないのかというと、延びやすくするためと、輝きを良くするための、2つの理由があるからです。
合金ができたらそれを冷やしてから機械で叩き、ある程度の薄さまで帯状に伸ばします。次いで柿渋を染めた和紙「箔打紙」に挟み、束ねて打ってゆきます。何行程もある作業のたびに小さく切られ、繰り返し打ち延ばすことで箔がどんどん薄くなるわけですが、職人が手間をかけて自ら用意する箔打紙こそが金箔の出来上がりを左右する、箔打ちの要なのです。箔を打つ作業よりもむしろ箔打紙を準備するほうが手間がかかっているような印象を受けるほどです。
ちなみに童謡「たなばたさま」に歌われる「きんぎんすなご♪」の砂子とは、メッシュフィルターの付けられた竹筒に箔を通し、画面に蒔いたものを言います。日本画や漆芸で頻繁に使われる表現です。
金泥の製造
さて、同じく金からつくられる金泥(きんでい)は金粉とも呼ばれることがありますが、金箔をもとに、さらに専門の職人が作るものです。
大量の金箔を大きな鉢に入れ、膠を加えて手で揉んでゆきます。何時間も素手で捏ね、それを何日か繰り返してようやく微細な泥状になったものを膠抜きして乾かし、玉(椿の実)の入った容器に入れて打ち振って仕上げます。
ただでさえ微風に飛ぶ金箔をさらに細かくするのですから、金泥はまさにくしゃみでもすれば全て消えてなくなるほどの代物です。画材店では0.4g単位で販売していますが、それに7,000円近く(2023年現在)の価格がついています。手間がかかるからでもありますが、加えて近年の金地価格の上昇により、ずいぶん高価なものになってしまいました。
とはいえ金泥はたいへん伸びが良いので、0.4gあればそれをじょうずに塗ると、10号程度の大きさの作品のバックを仕上げることができます。
銀は変色する
ちなみに、金箔や金泥は年月が経ってもあまり色が変わることはありませんが、銀箔や銀泥は銀の食器などと同じように硫化して変色してしまうので、それを防ぐため「どうさ」を塗ります。逆にわざと硫化させて変色した表現にするために、銀箔の上に硫黄の粉や硫黄入りの入浴剤を塗る技法もあります。