念紙ってなに?

日本画の用具のひとつに「念紙(ねんし)」というものがあります。
模造紙などに描いた下描きを日本画用紙に転写する、カーボン紙のようなものですが、
なぜカーボン紙を使わないのでしょうか。
そもそも下描きなど描かず、油彩画のように画面に直接描いてゆけばよいのではないでしょうか。

戦前、あるいは現在でも一部おこなわれていますが、日本画では薄い和紙に薄く重ね塗りをする技法が主でした。
その方法だと、描く際に失敗すると用紙を換えて描き直さなければならなくなるので、
入念に下描きで構図や形を検討し、それを正確に用紙に転写する必要がありました。
今でも「日本画は間違えたら直せないのでしょう?」と思っている方がいるのはそのためです。

戦後は日本画も大きく変革を遂げ、厚い用紙に絵の具をたっぷりと塗る技法が広まったため、
それならばもし失敗しても上から消したり描き直したりすることが可能です。
油彩画のように直接木炭などで下描きすることもできます。

とはいえ油彩画よりも細い筆を駆使し、繊細で丁寧な表現がしたければ、
念紙で下描きを転写し、それをアタリにして彩色する方法はまだまだ廃れていません。

カーボン紙を使わないのは、それに含まれる油分が絵の具を弾いてしまい、
思うような表現ができないことがあるからです。

下絵を転写する

日本画用紙に下絵を転写するタイミングは、
用紙が真っ白のままの最初の段階でも良いですが、
重ね塗りをするのであればある程度画面に色を塗ったあとが効果的です。
この掲載画像では、かなり岩絵の具を塗り重ねたあとで下絵を転写しています。
転写は、画面に伏せた念紙に下絵を載せ、赤いボールペンで軽くなぞってゆきます。
強くなぞると用紙が傷むので、様子を見ながらおこなったほうが良いでしょうね。

赤いボールペンで下絵の上からなぞる
写し終えたところ

陥りがちなことですが、念紙で写した線からはみ出さないように絵の具を塗ろうと思いすぎると
絵画でなく塗り絵になってしまいます。
転写の線はあくまでアタリですし、自分の作品ですからアタリに縛られず、
彩色は線の通りでなくていいし、例えば葉っぱを追加したほうがよいと思ったら
躊躇する必要はありません。
ですので写し終えた転写の線が濃すぎた場合は邪魔になりますから、
見えなくならない程度まで練りゴムを使って薄めてしまうと良いです。

伝統的な念紙の作り方は最後に記しますが、
私は薄美濃紙に黒いコンテを塗り、利用しています。
やぶかないように塗ってゆくのが神経を使いますが、
一度作っておくと数十回は使えるのでとても便利ですよ。
なお、日本画画材店では転写専用のチャコペーパーを販売しています。
写し終えたあと水で消えるので便利ですが、
写りが薄いことと、保管しているうちに転写力が落ちることがあります。

伝統的な念紙のつくりかた

まず顔料を乳鉢でよく擦ります。顔料は水干絵の具や土絵の具、胡粉、木炭の粉などが適しています。
それを日本酒で溶き、刷毛で塗れるくらいに水で薄めます。
水だけで溶くとあとで顔料が全部落ちてしまうので、弱い接着力を保つために日本酒を入れるのです。
溶いたらどうさ引きしていない薄い和紙(薄美濃紙がよい)に塗り、よく乾かせばできあがりです。